音韻的カテゴリー

手話言語には、手型、位置、運動という3つの音韻的カテゴリーがある(掌の向きは手型の下位カテゴリーとされるのが一般的であり、筆者もそれを支持する)。それぞれのカテゴリーの目録については、日本手話にはいまだ定説がない。米川(1984)は手型21(向き15)、位置21、運動22としているが、筆者はもっとずっと少なく見積もっている。たとえば手型については、基本手型は3ないし4(向き5)であり、より詳細な手型は、向きと相補分布しており、下位レベルで決定される(市田2005b)。なお、筆者の分析においては、CL構文や指文字由来の要素は本来語の音韻体系から逸脱するものとして排除されている。

音節

手話言語は、手型、位置、運動という3つの音韻的カテゴリーのスロットがすべて埋められることによって音節をなす。この点で、母音を中心として前後に子音を”随意的”に従えることで音節をなす音声言語とは大きく異なる。また、単音節語が多いのも手話言語の特徴である。図像性(iconicity)や自然的有縁性によって一つの概念が複数の音節を要求する場合においても、単音節化への圧力は強くはたらいている。そのため、往復運動のような単音節化が困難なタイプの運動をもつ語を除いて、辞書形では二音節でも、日常の使用においては単音節化するのがふつうである。

CL構文

手型、位置、運動の各音韻的カテゴリーの要素がそれぞれ形態素であるような形式を、手話研究においてはCL構文(classifier construction)と呼んでいる(注)。各カテゴリーが独立して意味を担うのは、図像性によって動機づけられているからであり、現実世界を反映した形式であるという観点からいえば、CL構文は音声言語のオノマトペにあたるカテゴリーであるといえる。ただし、視覚モードである手話言語のオノマトペは、聴覚モードである音声言語のオノマトペと異なり、周辺的な意味領域に限定されない。人間の身体動作や物体の動きや形状など、およそ目に見える事象はすべてCL構文によって表されるからである。音韻論的には、CL構文は音声言語のオノマトペ同様、本来語の音韻体系から逸脱している。なお、CL構文における“音韻的カテゴリー”が真の意味で“音韻的”といえるかどうかについては議論の余地がある。音声言語においてオノマトペが語彙の源泉であるのと同様、手話言語の語彙も多くの場合、CL構文が語彙化したものである(CL構文が語彙化することを「freezing」と呼び、通常の語彙を「frozen lexicon」と呼ぶ)。

空間的位置

手話言語における身体周囲の空間における相対的な位置関係は、語の弁別にはかかわらず、語に物理的/心理・社会的/図式的な位置情報を付け加える。物理的とは、発話内容の出来事が生じた場面の人や物の空間的配置の再現(正確には”再構築”)であり、心理・社会的とは、心理的近接性、制御(不)可能性、格差性といった関係性をメタフォリックに空間に位置づけること、図式的とは、対比、人物相関図、タイムテーブル、フローチャートのような図式を空間に描写することである。非身体結合語(non-body-anchored sign)は直接任意の空間的位置に結合できる。身体結合語(body-anchored sign: 身体上の位置を語の弁別に用いる)は指差し(pointing)や指示CL(indexical classifier)と呼ばれる特定の形式を接語的に用いてマークする。また、手話言語の動詞は空間的位置との結合のあり方によって形態論的に分類される。

非手指標識

手話言語では非手指標識(NMM; non-manual marker)と呼ばれる手指以外の要素が、語彙的・文法的に重要な役割を果たす。非手指標識には、頭の動き、顎の位置、眉の位置、目の開き方、視線、口型(mouth gesture)などがある。身振り的な感情表現などとは異なり、各要素が独立しており、それぞれ非連続で有限の値をもつ。その一方で、おのおのの値は図像性が反映した特定の意味と結びついている。そのような意味で、CL構文、空間的位置と同様、その音韻論的な位置づけに関しては議論の余地がある。

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